世界はつながってる

[http://photo credit: A good deed in a naughty world via photopin (license)]
5年前、今の職場で同じような仕事をしていた。
クリーンルームと呼ばれるホコリが流入する事を防いだ場所で、客先に納入する装置の動作チェックをしていた。
同僚と話をしながら、ある程度覚えた仕事をしていた。
苦もなく、でもこのままで良いのかと、不安を感じていた。
あれほど有った自信ややる気は入社数年で全く薄れていた。
ただ、日々を過ごしていた。
昼過ぎ、朝から続く仕事をダラダラとしていた。
ふと巨大な地震が発生した。
同僚は座って作業していたためか、ずっと地震だと気が付かず、とにかく一緒に外へ出た。
幸いにして、社内の人間や自分の周りで怪我をした人は居なかった。
会社から自宅までのエリアで停電になり、そのまま歩いて帰宅した。
帰り道は畑が多い道で、倒れた看板などはあったが、後の被害を感じさせるような状況ではなかった。
家に着く頃は夕方で、どんどん日が暮れていく中、薄暗いコンビニに行列が出来ていた。
僕も並んで水とパンを購入した。
店内の品物は殆ど尽きていた。
外へ出ると、信号が付かない道路で車が行き来していた。
夕方の無音感やセピア色の風景は今も時折思い出す。
夜には携帯の充電も尽き、翌朝まで何の情報も得られなかった。
部屋はただただ真っ暗で、ロウソクもなく、使わないで置いていたアロマキャンドルを焚いて暗闇と不安をしのいだ。
ジーンズを穿いて、何かあったら直ぐに逃げられるようにして寝た。
場違いな香りが部屋に広がっていた。
朝起きた時、陽の光に感謝した。
電気も復旧していた。
テレビをつけた。
想像を絶する被害が有った。
映し出される地獄のような映像。
対照的に自宅の周りは本当に静かだった。
本当に静かだった。
あれから今も自分の環境に殆んど変化はない。
僕があの時感じた気持ちは嘘じゃないけど、でも今じゃ普通に過ごしている。
毎日思い出すことはない。
募金以外に何か貢献したこともない。
ただあの日から、人とつながる事に対して積極的になった。
人生待っているだけでは意味がないと思った。
否定されて傷ついたり、それを守るために尖って一人を貫いたり。
そんなことは人生でどうでもいい程に小さく思えるようになった。
積極的に交流し、そこから繋がった人達が今もいる。
去る者もいたり、残るものもいたり。
それらすべてが財産になっている。
人はいつか死ぬ。
僕も、みんなもいつか死ぬ。
あんなに簡単に人生が終わる人達が居ると、誰が予想しただろう。
そんな人達がいる。
傷はいまだ癒えない。
僕はメンタルを崩して年末から休職している。
彼女との関係も悪化している。
どう生きるべきか?なんて若者のような悩みをいつまでも抱えている。
でも生きている。
生きていればなんでも出来る。
人とも、未来とも繋がっていける。
コメント