「バイク熱」という名の熱病にかかる。

バイクが欲しい。

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[http://photo credit: Mr. Pebb Another Day of Mischief via photopin (license):title]

初めてそう思ったのは、浪人生の頃だった。
地元のミニストップの前にの前に停まっていたバイクを見て、本能的にかっこいいなと思った。
後にそれは色々調べて、YAMAHAの「SR400」というバイクだとわかるのだけれど。

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カラー&スタイリング:SR400 – バイク・スクーター | ヤマハ発動機株式会社

なぜ当時、そう思ったのだろうか。
おそらく海台ドラマで見たバイクが非常にかっこよくて、それに似ていたからだろう。

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[http://photo credit: kenjonbro Triumph Bonneville via photopin (license):title]

後にそれはイギリスの「トライアンフ」というバイクメーカーのモノだとわかるのだけれど。
写真を見ると何となく分かるだろうが、上の2台は雰囲気が似ている。
きっと僕はこういったネイキッドタイプでクラシカルな雰囲気を放つバイクが好きなのだろう。
そして気ままにどこにでも自由に行くことができるってのも魅力に感じたのだと思う。

 

ただ当時はウチではバイク禁止がだった。
母親からも、小さい頃からずっとバイクは死ぬからダメだと言われ続けてきた。
そしてその禁止を破ったり、親を説得したり、資金源として金を貯めたりという根性もなかった。
当時の僕は、仲が悪かった父親に頭を下げてお願いするような、わざわざ会話することを避けて通るのが全てだった。
その後も古谷実の漫画を読んだりして、何度か興味の琴線にふれる機会もあったのだけど、本気で欲しいと思ってはいなかった。

 

ではここに来て、何故またその熱病にかかったのだろうか。
しかも今回は、強く圧倒的な症状だ。
きっかけはいくつかある。

1つ目は、3年ほど前に原付を手に入れた事だ。
単に通勤の移動手段だったのだけれど、1つはっきり感じることがあった。
それは、運転自体や乗り物を操作することの楽しさだった。
そこまで暑くない、晴れた日に青空の広い道を走り抜けるのは本当に気持ちが良かった。
でもバイクを手に入れるという思いにまでは至らなかった。

2つ目は、この夏に原付とバイクでキャンプをした事だ。
原付の限界を感じたというか、バイクで曲がりくねった道を走ったらもっと気持ちがいいのだろうなと思った。
通勤やちょい乗りでは感じる事の無かった、力不足さや物足りなさを感じたのだ。

3つ目は、友人がバイクに乗っている姿に影響された事だ。
カッコいいバイクに跨って、楽しそうな笑顔を向ける姿を見ると、大人になっても楽しめる事があるのだと思わせてくれた。
僕の中に、そんな彼らと一緒にツーリングをしてみたいという欲求を感じた。

そして最後に4つ目は、キャンプ場で見かけたおじさんのソロキャンパーを見た事だ。
僕は彼の哀愁と、週末一人気ままにリラックスして好きなことをしている雰囲気に心を掴まれた。
バイクを持っていたら、金曜の夜にふと思い立って土曜の朝にふらりと遠出も出来る。
おじさんになっても、あんな楽しそうな事が1人でできるんだ!と思った。

要は、この前行ったキャンプの後から、ずっと熱病にかかっているのだと思う。
そして今度は、大学生の頃にぼんやりと感じた思いとは異なり、本当にバイクを手に入れようと思っている。

 

僕ももういい大人だ。
親のしつけを守る必要もない。
自分で稼いだお金でバイクを買える。
自己責任でバイクに乗ることが出来る。
独身だし週末は基本暇している。
バイクを手に入れるのになんの障害もない。

 

お金を払って教習所に入る。
技能講習を受ける。
試験をクリアする。
免許を取る。
バイクを購入する。
ネットで調べなくても、この流れくらいは分かる。

 

何も妨げはない。
人生は一度きり、だ。
爺さんになって、若い頃やれば良かったのにと後悔する事を増やすのはのはまっぴらだ。
ここまでの、何かに対する強い想いは最近感じたことが無かった。
こんなにも迷いがないのは久しぶりだ。
こういう時の直感は外れたことがない。
だから僕はバイクを手に入れようと思った。

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